大根島「花王園」 オーナー 

Posted at 08/03/20 Comment(0)» Trackback(0)»

大根島「花王園」 オーナー


大根島ってなんでそんな名前?

なんでボタンが有名?

 そんな素朴な疑問、この島の歴史などについて、島根大学の学生にも引っ張りだこの生き字引き、「花王園」3代目オーナーに、いろいろ教えていただきました。


大根島が出来た由来

 氷河期の頃、火山が噴火し、溶岩が固まってできた島。家の下30cmには岩盤があると。徳川幕府中期頃までは「たこ島」と呼ていた。その理由は、日御碕にいるたこを大きなわしが捕まえて落としたという伝説があるから。

 8代目徳川吉宗の時代には、「大根島」と書かれた古文書が残っている。火山灰の農地では大根がよくでき、松江、安来、米子まで舟で運んでいた話があるが、はっきりした由来、起源は不明。


ひょうたん 

大根島でボタンをつくった第一人者

 朝鮮人参が入ってきたのもその頃。徳川幕府に、朝鮮使節団が朝鮮人参を献上したことがきっかけ。土がよくなければできない朝鮮人参は大根島には適していた。明治35年、朝鮮人参の技師として会津(福島)まで出向いたオーナーの祖父。その帰り道、園芸の有名な石川、兵庫などを回り、そのときにボタンを持って帰り、大根島で育て始めた。


大根島の農業の歴史

 江戸時代から大根、野菜を中心につくり、明治中頃からは養蚕が始まり、部屋のほとんどが蚕のために用意され、畑には桑。大正~昭和15年頃には全盛期で絹糸をアメリカへ輸出していた。絹には、欧州、中国、日本という三つの系統がある。日本の技術は高く、改良されて良いものができるようになった。

 戦時中になると、軽い絹は軍用のラッカセイにも使われたが、終戦が近づくと食料増産のため、畑は桑から麦やいもへ。 そのころ、ボタンも掘り起こされてしまったとか。

 そして現在、大根島の農産物の生産量トップはボタン。後継者も代々引き継がれて要るので心配無用。最近は新しい技術(冷蔵庫で6ヶ月時期を早め温度調節する)も導入され、冬(正月用)に花を咲かせることができるそうだ。

 通常(露地栽培)のボタンは4月下旬から5月上旬に花が咲く。お楽しみに。

 花王園では接木で苗を自家生産し、販売しているということ、持続的で感心した。


朝鮮人参 

一番の楽しみ

 オーナーは今きゅうり、なす、ピーマンの苗の成長を見ることが一番の楽しみ。息子さんも花をつくり、孫娘さんも花の勉強をしている。オーナーの家には手づくりのひょうたんや朝鮮人参が飾ってあったり、屏風、絵画などに囲まれ、オーナーのあたたかい人柄、豊かな人脈、人生の楽しみを感じることができた。



"大根島「花王園」 オーナー "へのトラックバック

トラックバック先URL

"大根島「花王園」 オーナー "へのコメント

新着記事から選ぶ!

Powered by Movable Type

Template by MTテンプレートDB

Supported by Movable Type入門