
中山ぶどう園 中山一郎さん
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中山さんは、世界の珍しいぶどうにたくさん出会えるぶどう園を経営しています。
定年を期に山口へUターンし、自ら重機を使って山を開墾し、ゼロから果樹園をつくりあげたそうです。
自らの『大業』を成し遂げるべくぶどう作りをしている、という中山さんのお話を聞いてきました。
(取材日:2006年11月4日) |
世界のぶどう |
山口県阿東町で、「the World Grape 世界のぶどう」と銘打ち、世界の珍しいぶどうにたくさん出会えるぶどう園を経営する中山一郎さんは、男のロマンをとことん追い求めた、欧風な雰囲気の漂ってくるまさに自由人です。
中山さんのぶどう園では、バラデー(皮ごと種無しで、食感はぶどうとは違ってカリカリとしている)、マニュキアフィンガー(皮ごと食べる、最も外観が美しいとされる)、ロザリオビアンコ、マリオ、ピアレス、赤嶺、などなど、そのほかにも、なんと約30種類もの珍しいぶどうを楽しむことができます。
全国発送(宅配)や、実際に中山ぶどう園を訪れたお客さんへは、目の前にある様々なぶどうを食べ比べてもらい、販売をしています。
とても勉強熱心な中山さんのこだわりと想い溢れるこのぶどう園は、まさに男のロマンです。 |
『大業』を成し遂げる |
死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。
生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし。
この一文は、吉田松陰が晩年、監獄に囚われているときに高杉晋作に宛てて送った手紙の最後に書かれていた言葉です。
松陰亡き後を追って死のうとしていた高杉晋作は、この手紙を読んで自らの『大業』を成し遂げたのです。
そして、中山さんもこの文章に感銘を受けた一人でした。
老いた中山さんがこの言葉を口にするたびに、その言葉の端々に、眼差しに、そして心に、若き幕末の志士のような力強さと熱意を垣間見た気がします。
中山さんは退職を迎えた後に、吉田松陰の『生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし』という言葉に感動して「自分も残りの人生で『大業』を成し遂げる」と心に決め、定年を期に山口へUターンしました。
もともと何もなかった土地に、果樹園をゼロからつくりあげました。
自ら重機を使って山を開墾し、ハウスなどの施設をつくったのです。
最初はリンゴと梨を栽培していましたがうまくいかず、思い切ってぶどうに転換し、今のぶどう園は出来上がりました。 |
売れるから作るのではない |
果樹園を始めても、本当に毎日毎年が手探り状態だったそうです。
そして、そんな毎日毎年をノートに書きとめて作った中山さんだけの教科書がありました。
しかも、中山さんが今栽培しているぶどうは、栽培マニュアルも出来上がっていて、一般的に主流であるデラウェアや巨峰ではなく、環境管理の関係上、日本での栽培が難しいとされるロシア原産種やヨーロッパ原産種を主に作っています。
「なぜデラウェアや巨峰を作らないのですか?」と尋ねると「売れるから作る、というのはバカなことだ」と言われてしまいました。
そうなんです。中山さんは『商売』のためにぶどうを作っているのではなく、自らの『大業』を成し遂げるべく、ぶどう作りをしているのです。
悲しいかな、お金がモノをいうこの時代に、中山さんは、自分にとって本当に必要で大切なもの、「不屈の価値」を持っているのだと思いました。
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「生く」 |
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死は好むべきにも非ず、亦悪むべきにも非ず、
道尽き心安んずる、便ち是れ死所。
世に身生きて心死する者あり。
心死すれば生くるも益なし、魂存すれば亡ぶるも損なきなり。
死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。
生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし。
中山さんはまさに、「生く」を選んだ人です。
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