塩田和之さん
Posted at 08/03/24 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»

野菜農家 塩田和之さん
●事業は生き様
山口県山陽小野田市。
待ち合わせの厚狭駅近くの圃場に颯爽と登場したのは塩田和之さん。
フットワークが軽く元気があふれています。
毎回思いますが、なかなか聞けないお話を聞かせていただきました。
農業という一つの事業でも、作る人の思いが反映されていて、
「事業は生き様」だと思いました。
●宅配も自分で
米を1.5ha、季節の野菜60種類を3反の畑で栽培されて
いる塩田さん。
塩田さんの畑では化学肥料を使わず野菜を作っていて、エコやまぐち
100に認定されています。
このエコやまぐち100というのは、県内で生産される農産物で、
化学農薬・化学肥料を使用しないで栽培された農産物をエコ100
といい、山口県が認証する独自の認証制度です。
そして作った野菜は週に1回、宇部や下関、月に1度は北九州の友人や
知人の方に宅配をしています。それ以外の地域は宅急便で送っていますが、
配達は全て自分で行っています。市場や直売所での販売はしていません。
そこには塩田さんのこだわりがあり、今までの塩田さんの生き方や
考え方が大きく影響を与えています。
●生かされてきた
今年で就農6年目。
51歳になられた塩田さんはいろんな経歴をお持ちでした。
大学を卒業後、商社に就職。
そこで10数年勤める間、九州に行き、独立のための資金を貯め、
独立のためのノウハウを勉強しました。
そして、脱サラし写真屋を始めました。
そこには「お金がないとだめだ」という利益や経済を中心に考えが
ありました。
事業は軌道に乗り、経営は順調でした・・・
しかし、40歳の時、同年代のご友人がくも膜下出血で亡くなられました。
そのとき、「自分は何のために生きているんだ」ということを本気で悩み、
考えました。
その結果、「『生きてきた』のではない。『生かされてきた』のだ」
という答えに行き着き、これからは人を活かす為に生きよう!
そのときから生き方を変えました。
実家には農地があり、農業を始める条件がそろっていました。
そして平成10年、食に対して疑問を持ち始めた折、
高齢化のため近所や親戚の方が田畑が
荒れている現状を目の当たりにしました。
その土地は、後の世代に為、後の世代の誰かが守ってくれると
信じ先祖が守ってきた土地です。
それを守るため専業農家になりました。
●安心は安くない
「消費者の意識を変えて行きたい」と塩田さん。
生産者は消費者が買うもの、売れるものを作ろうとします。
適正な価格、百姓が生きられる値段で買うことが大事。
安くて安全というのはありえません。
必要以上に値切っては、そこで働く人が報われません。
しかし、適正な価格で買うようにする。それが自分のできる
範囲のことです。
私がドキッとした言葉は、「物を買うことは自分を買うこと」
今日食べてしまう食べ物でも、賞味期限が新しい方を選ぶ。
安いからといって必要以上に買い込む。
自分にも心当たりがあります・・・
新しい価値観を教えていただきました。
●人を活かす為
塩田さんは人を活かす為に行動されています。
例えば、塩田さんの水田では除草剤を使わないため、草が生えてきます。
それを取り除く作業の援農依頼を学生耕作隊にいただきます。
なかには「若い人を呼んでも仕事にならん。効率が悪い」と言う人がいます。
それは経済中心の考え方です。
しかし、塩田さんはそうは思いません。
「1人でも2人でも次の世代の人を育てることは、お金を支払って
でもする」
若い人も手足を使って、現場で体験するからこそ、食の大切さを
感じることができる。
TVやインターネットではわかりません。
その機会を作ってくださっているという意味もあります。
「出会った人のなかに何が残せるか、人の何を手伝えたか」
それが塩田さんの価値観の中心です。
塩田さんは先を見据えています。
●まずやってみる
若いときの苦労は買ってでもしろ!とよく言います。
若いときしか動けず、動いて体験したことが血となり肉となります。
だからまずはやってみたいことがあるときは、
「○○がしたい。だけど・・・」と
"だけど"といわず、「まずはやってみなさい」と塩田さんは言います。
いろんなシーンで体当たりでぶつかってこられた塩田さん。
お話を伺う限り、いつも真剣に生きてこられたのではないかと思います。
それだけに食べ物を作る大切さや、人の役に立ちたいと思う気持ち、
感謝の気持ちが深くなっておられるのではないかと思います。
私もこの先、いろいろなことがあると思います。
でもどんな時でもまた塩田さんの言葉を思い出して、真剣に体当たりで
生きていきたいと思います。
塩田さん、ありがとうございました!!

"塩田和之さん"へのコメント