こんな風に、次から次へとひとと役割の循環が起こり、その勢いの中から、アイデアが生まれている。私の経営の鍵は、従来の経営コンサルタントが言うような損益分岐点とか事業計画とか、そんな手法ではない。ダイナミックな新しい動きが軸であり、びっくりを生み出すことが経営だと思っている。私は今、吉田屋の女将として仕事をしているが、この地位に固執することはしない。次々と交代が進むことで後輩も成長するし、地域に新しい事業や人の循環を生み、地域を活性化させる。「地位よりも、どんどん地域に新しい事業を作っていかなければ地域は枯れる」という危機感は、世間から見たらとんだ発想かもしれないが、本気でそう思っている。旅館をしていると、ホントにさまざまな階層の人たちが来る。決して贅沢な格好をしておらず、倹約の感覚を持っているけど話題がリッチだなーと思っていたら、有名な金持ちだった...とか。"生活に余裕"というだけではなく、"生活スタイルに余裕がある"さまざまな方と出会う。そんな豊かな時代を感じている。
今回、「食」ということをテーマに、今月号が編集された。自給率40%をきる先進国はほかにないらしい。「ゆとりができたら、立派な家や車を買うよりも安全な食にお金を使おう。農林漁業に目を向けよう!」それがリッチな人の条件になり、豊かな社会につながれば、と願う。
目先の利益や、企業優先の輸出優先の政策では、景気が良くなったといっても生活者はその言葉に実感はないし、だまされない。その結果として、野党が大飛躍しねじれ国会が誕生した。無意味な経済成長、無意味な好況の数字に、もう市民はだまされない。ガタガタ、ガタガタ・・・。赤福/白い恋人/ミートホープといった食、接待問題で国会の追及が進む外交の基本といわれた防衛、そしてわれわれの将来をたくす年金への信頼が崩れていこうとしている。
そんな中、私自身の日本の将来像は、田舎で自給率を高めるひとが増えることだ。イコール、田舎が自立するということにある。土や自然は正直だ。ミサイルも飛んでこない田舎に住み、自分で畑や田んぼを耕し、だまされることなく生きる。都市から離れ、豊かさを感じてみては?と提案したい。田舎への回帰、田舎への深いコミットメント、田舎に信頼ある仲間を作ること。そんなことが、トレンドではないだろうか。
日本はもっと大きく構え、ゆとりのリッチな外交政策を打ち出したらどうだろう、と思う。たとえばエネルギー政策でも、最低減のエネルギーはなるべく自給自足しよう、とか。木質ボイラーの普及で、日本の森も守られる。CO2削減にもつながる。
食とエネルギーで海外への依存度が少なければ、外交の自立度も高められる。結果として、生活コストが高くたとえなっても、それがリッチな国なのではないかなぁ。