提言−時代のスタイル
地域の新しいカタチは新しいルールから
山根 多恵
「偽(いつわり)」という漢字で締めくくった日本。私たちは?というと、「継」だったかな、と思う。片岡先生は、いろいろな会社を教え子にすべて引き継いだ。地域で畑や森、旅館、食、教育の現場などの危機的なフィールドも継承。先生が買われたり創られたりし、フィールド部隊の私たちが「後継を」という声に次々と応えた。そして生まれた仕事は人から人へ、引き継がれた。そんな後継者の私たちの1年はあっという間に過ぎた。
年の瀬の、山口でのお話。宇部市楠町にて、20町歩以上の土地を先生が買われ、若者が管理することが決まった。とにかく広く、まだ境界線もわからない土地には10町歩の茶畑ほか、森林、荒地などがある。そこで、「へぇ〜〜!」と思う面白い出来事が起こった。
ここを管理する若者は只者ではない。身長180センチ以上もあるレゲエ歌手の2人を茶畑の経営者候補とした。この森で子どもも大人も自由に活発に遊べる場所づくりをしたいと張りきる金色や茶色髪の兄ちゃんだ。それをコミュニティが受け入れた。若者がきてくれることがいいことだとみんな気付き、村が、地権者が、行政が、彼らをコミュニティの子どもたちとして受け入れてくれたのだ。
今まで地域で活動してきて、既存のコミュニティの受け入れ方にはいくつかのパターンがあると感じていた。新しいことはNo thank you!の村八分型。ニューな存在は、古いやり方に飲み込まれ同化するか、その場がいたたまれず若者は去っていく。一方、お互いが独自路線を取る方法もある。村は村で今までと変わらない古いルールで、新しいものは新しいルールでの共存型だ。2つとも互いに否定はしないが、何かが絡み合って生まれる改革のような熱さは、これらの地域では起こりにくい。そして、残念ながら旅館吉田屋がある地域は、2番目の地域でしかない。
楠町は、そのどちらでもなかった。結論の出し方がまず違った。古い形を残そうとする人々が取る全員一致という手法ではなく、なんと、多数決というカタチで茶園と森を片岡先生に譲ったのだ。都会の人は想像できないかもしれないが、田舎では、誰かが反対したら、それがたった一人であっても、その話は絶対に壊れる。それを、多数決でやったのだ。コミュニティの危機感が押し切ったように私には見えた。新しいものに町全体が応援しようとするなら、古い価値の人がいたとしても置いていく。これまで大阪で、島根で、山口で、地域の古い受け入れ方を見てきた私にとって、「体感したことのなかった」新しい三つ目の手法だった。